ソウルのまったりした夜
南ゲートに用意されたG大阪サポーター席は北ゲートFCソウルサポーター席の値段の1.5倍もした。「今日はACLだから普段よりも高くなっている」とソウルに会社を持つFさんはつぶやいたが、それでもウォン安で約850円とJリーグに比べると大幅に安い。
チケット売り場に寄っていくと日本語を話す女性スタッフが親切に案内してくれた。「日本語を勉強しているんです」と話す彼女の発音は完ぺきで、しかも丁寧だからまずこの時点で癒されてしまう。
ちょっと奮発して約1400円のベンチ裏席を購入する。入場ゲートをくぐるときに荷物チェックはなく、座席番号は書いてあるものの、確認するスタッフは誰もいないので席の移動は自由だ。日本でもおなじみの光景になったアウェイチームのサポーターを囲む柵や、緩衝地帯はない。警備員が張り付くこともない。
日本だと肖像権や放送権の問題が起きそうなビデオ撮影をしている人物もいる。そんな緩い雰囲気の中、約6万人を収容するワールドカップスタジアムに集まったのは1万1197人。空席ばかりが目立っていた。
試合前、スタジアムの中では隣の人と話すときに大声になるほど、大音量で激しい音楽が流されていた。MCも巧みに観客を煽っていく。次第に盛り上がっていき、FCソウルのサポーターは、巧みな手の動きや肩を組んで横移動する応援を見せた。前半13分、山崎の先制点でG大阪がリードし、FCソウルサポーターは一度静まりかけたが、次第にチャンスを作っていったことで場内は熱を帯びてくる。
だがハーフタイム、試合前の激しい音楽と打って変わって軽音楽が流されると、再び場内は和やかムードに。もしかしてこれは観客をエキサイトさせすぎないようにする演出なのだろうかと思うほど、のんびりした空気が醸し出された。
後半、場内のまったりしかけた雰囲気は両チームの選手のぶつかり合いで一気に消し飛んだ。かつて総力では日本を大きく引き離していた韓国人選手が山崎に走り負ける。遠藤は自らも激しいチャージで相手選手を止める。G大阪所属のパクドンヒョクやチョジェジンも遠慮のない肉弾戦を繰り広げた。もっとも国際試合ではよくある激しさで、何人か興奮していた選手を除いては、決して特別激しいというほどでもなかった。
一度は同点にされたG大阪だったがレアンドロのハットトリックで一気に突き放す。G大阪の4点目が入ったとき、メインスタンドからは足早に姿を消す人たちもいた。
終わってみれば4-2。FCソウルは自分たちのホームで、日本のチームに屈辱の大敗を喫した。試合後、チョンジョグはパクドンヒョクとの握手を拒んだほどだ。かつてはこんなとき(昔は逆に日本チームが負けるほうが多かったのだが)、試合後にファン同士の乱闘が起きることがあった。今も日本ではときどき起きる騒動でもある。
ところが地下鉄の構内では両チームのサポーターの交流が進んでいた。マフラーを交換し、お互いの首にかけて写真を取り合っている。スタジアム内には「血染山河 一輝掃蕩」と勇ましい垂れ幕もあったが、まるでそんな緊迫感はなかった。
後半、すっかりFCソウルに肩入れしてみていたFさんは「ここのサポーターは都会っ子ですから」と、なぜか苦笑いする。不思議なことにFさんが一番悔しそうにして見えた。かつて日韓のサッカーを発展させたライバル心は、どこかに消え去っていたソウルの一夜だった。だが、きっとそれはかりそめの姿。
Fさんの携帯が鳴った。18日、野球の日韓対決をテレビで見ながら韓国を応援する会に行こう、という韓国人からの誘いだった。ちょっと困った顔をしながらFさんは受諾した。「きっと熱いことになると思いますよ。それに、明日川崎フロンターレが試合をするポハンはもっと熱狂度が高いはずです」。
かつての殺伐として雰囲気に戻る必要な拝。だが東アジアのライバル国が、お互いへの闘争心を忘れてしまっては進歩が足踏みすることになる。18日、はたしてどこまでポハンは熱くなったか。