怒と涙のインタビュー

前のアーティクルにあるいやなことを聞いて、
いやな気分になったので、
自分の中にある数年前の素敵な思い出を
書き留めて心を洗います。

あれはその人が監督になったばかりの時。
なかなかインタビューを受けない人だったのですが、
昔からの知り合いということもあり、
偶然実現しました。

何度かの日程変更があったあと、
やっとクラブハウスでインタビューです。
時間どおりにその人はやってきました。

「監督就任おめでとうございます。では月並みですが、どんなサッカーをしたいのか、教えてください」
自分としては無難な最初の切り口です。
ところがその人は怒り出しました。

「どうしてそんなこと言わなきゃいけないの。それを言ったら書くでしょう? 書いたら対戦相手が読むよ。読んだら勝てなくなるかもしれない。だったら言えるわけないじゃん」

ものすごい勢いです。「はい、わかりました」
そう言いながら、こちらも結構かちんと来てました。
ちょっと待て、と。

「わかりましたけど、でも、言ってもらっても勝てないと思います。だって主力がごっそり移籍してます。そんな状態からチームを作っていって勝てるわけがない。監督が自分のやりたいサッカーを言っても言わなくても勝てるわけないでしょう」

もう破れかぶれで言葉を続けます。
「監督だってずっとこのリーグを見てきたはずです。あのスタジアムでもあのスタジアムでも会いました。だから本当に厳しいとわかっているでしょう? 今年勝てなくてあなたの名声には傷がつきますよ。どうしてこのクラブの監督を引き受けたのですか?」

「……わかってるよ。厳しいのは本当にわかってる。だけど、厳しいから誰もこのクラブの監督を引き受けたがらない。クラブは本当に困っていたんだ。クラブが困っているのならオレは助けたかったんだ。自分が傷つくのはわかってたけど、そんなのは問題じゃなかったんだ」

何かが、ぷつん、と切れた感じになりました。それは僕だけじゃなくて、監督もそうだったのだと思います。
「そこまで自分を犠牲にしなくてもいいでしょう」「犠牲だなんて思ってないよ。オレはこのクラブを本当に好きだから」

相手の目が赤くなってます。もしかすると自分の目の方が先に赤くなっていたのかもしれません。その人は目尻をぬぐいました。僕も鼻の奥が熱くなってしまいました。

そこから先のインタビューは、何を言っても涙です。その人は何を語っても現実問題が厳しいことがわかっている。こっちも、何を質問しても、それは理想論でしかないのをわかっている。

喉の奥が熱くなりすぎて、インタビューは終わりました。最後にその人は手を差し出しました。握手は力強く、でも万感の思いを含んで、しばらく握り続けたままになりました。

困ったのは原稿のまとめ方です。涙のインタビューは初めてで、しかもとても感動的でした。それを前面に出せば、そんなインタビューを引き出したと、自分の名前は売れるかもしれません。でも、せっかく監督に就任したばかりの人の最初のインタビューが涙で濡れては仕方がない。いや、その人の門出をウェットなものにしたくない。

だから、涙の部分はほとんどカットしました。涙の記述も止めました。それが私にできた、はなむけでした。今涙のことは明かします。だけど監督の名前はまだ明かせません。だってもっと成功してほしいから。「あの頃はこんなことありましたよね」と笑い話にできるようになったとき、やっと本名が言えると思っています。

まだ日本のサッカー界はそんな思いで支えられています。そんな重いがどこかに集約できないか、今週も探りたいと思っています。

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