帰国前日なのにチケットがない

サウジアラビアとイラクの決勝。イラクが劇的な勝利を収めた。
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決勝戦当日、パレンバンからジャカルタに戻る。今日の最優先事項は、明日のジャカルタからバンコクのチケットを買うこと。ハノイでの予約は前々日に有効期限が切れているが、ここはねじ込むしかない。空港でタイ航空を探す。ところが事務所がない。国際線ターミナルは別の場所だった。シャトルバスを見つけて急ぐ。

ジャカルタの国際線ロビーはセキュリティが厳しい。タイ航空のチェックインカウンターに行こうと思うと、航空券とパスポートを出さなければならない。だから、その航空券がないのだ。説明をするため、インフォメーションに行くと男性が座って熱心にモニター画面を見ている。こっちに殆ど関心がない素振りで、彼はタイ航空のチケットが買いたいのならここを真っすぐ行けと指さし、またモニターにかじりついた。画面にはサッカーの試合が映っている。笑って許す。

ついにタイ航空を扱っているチケットエージェントのオフィスを見つけた。ドア一つだけの小さなオフィスなので見つけるまでに何度も行き来してしまった。ウキウキしながらガラスドアを開けようとすると、しっかりロックされていて、 誰もいない。昼休みだろうと思って待つ。

1時間以上待つが、人が帰ってくる気配がない。ならば、航空会社の事務所を探す。あった、3階だ。
駆け登る。狭い廊下の奥だ。土曜ということでいやな予感がする。的中。閉まっていた。わずか1時間前まで開いていたようだ。
駄目元でノックする。「イエス」。返事があった! 出てきたのは親切そうなおじさんだった。この人ならどうにかなるかも。

「実はこの予約を持っているんだけどチケットがまだ発券していないんだ。ここで買えるだろうか」
「ああ、いいよ。じゃあ、ちょっと待って」
ついにこの旅も最後の一筆が書けそうだ。
「じゃあ705ドル。現金で払ってくれ」
「いや、持ち金はもう20ドルしかないから、クレジットカードにしたいんだけど」
「残念だけど、それはできない。街の中のチケットエージェントに行ったほうがいいな。そっちだと450ドルぐらいで手に入るし、クレジットカードも使えるよ」
「空港内のエージェントはどうかな」
「止めときなよ。700ドル以上取られるのは確実だから」
「町の中のエージェントはやってるかな」
「大丈夫だよ」
おじさんの言葉を信じてホテルの近くのエージェントに向かうことにした。

タクシーを捜す。体調も戻ったし、2度目のジャカルタだから多少度胸もついている。パイレーツ・オブ・カリビアンに出てきそうな雰囲気の運転手が、相場の半額でいいと言ってきた。乗る。

海賊風の運転手は、確かに冒険心あふれる運転をしていた。高速道路の横の舗装されていない部分を走って追い抜くなんて、度胸が据わっていないとできない。ガンガン揺られながら、昼間だというのに一昨日よりも早くホテルについた。海賊はぼったくりもせず、ちゃんと言ったとおりの金額を受け取ると、うへへへ、と笑って走り去った。

もうあまり決勝戦までの時間がない。ホテルで聞くと街中のチケットエージェントまで行くと間に合いそうにないことが分かった。この際、ホテルのコンセルジュに頼むことにした。席の確保を優先して値段が高くなっても困るが、席がないのはもっと困る。サービスデスクに行って打ち合わせる。

「700ドル以下でジャカルタからバンコクを手配してほしい。第一希望はバンコクからの乗り継ぎと同じタイ航空。だけどタイ航空で700ドル以上なら他の航空会社でもいい。その場合はジャカルタからバンコクのダイレクト便で。ただし、それも無理なら乗り継ぎも受け入れる」

コンセルジュは小柄でまじめそうな老人だった。小さな黒くて丸いめがねをかけているが、今にもずり落ちそうだ。顔にたくさん張り着いているしわが苦労を物語っている。セザラ、と名乗った彼は鼻の先端に引っかかっているメガネの先の、チケットエージェントのリストを見て、おもむろにダイヤルをプッシュした。

短い会話の後にセザラはちょっとだけ困った顔をしていった。
「あなたの予約は取り消されています。それに最初に予約していたタイ航空の便は満員です。ビジネスクラスしか残っていませんが1000ドル以上です」
「分かりました。では別の航空会社で手配してください」
「承知しました」
セザラはそう言うと、別の番号をプッシュした。今度は話が長い。
「別の航空会社の便も明日は大混雑しているようです。ありません」
「分かりました。では乗り継ぎ便で」
「承知しました」
セザラはそう言うと、さらに別の番号をプッシュした。今度はもっと話が長かった。
「ありました。ただし、クアラルンプール経由です。値段は500ドル」
「仕方がない。では時間は?」
「11時10分のフライトでジャカルタからクアラルンプールに飛びます。そこから1時間後の飛行機でバンコクに行きます」
「クアラルンプールで1時間しかなかったら乗り継げない可能性があると思いますが、クアラルンプールから別の便はないのですか?」
「その場合、別々の航空会社を使うことになるので、値段が高くなってしまいます」

仕方がない、と言いかけたとき、セザラのデスクの電話が鳴った。セザラがうれしそうに話をしている。
「さっきのエージェントに、あなたが最初に予約したタイ航空の便の、ビジネスクラスのディスカウントチケットが手に入ったそうです。値段は500ドルです」
「えっ、じゃあそれをすぐに手配してください」
「承知しました」

セザラはエージェントがチケットを持ってきたらフロントに預けておくよ、と微笑んだ。
セザラとテーブルについて1時間以上が経っていた。
チップを渡そうと財布を見る。空港からのタクシー代を使ったので、
残りの全財産は10ドル札2枚、1万ドン、1マレーシアリンギ、2000インドネシアルピア。

「ありがとう、あなたの働きに対して少ないのは分かっているんだけど」
「いいえ、必要ありませんよ」
きっとセザラは僕が深刻な顔をして財布を覗き込んだので分かってたんだろう。
だけど彼のおかげでギリギリ決勝戦にも行けた。押しつけるようにして紙幣を1枚渡した。

しかし、話はこれで終わりではなかった。

決勝戦の取材を終え、帰ってきてフロントに聞く。
「チケットを預かっていないか?」
「いいえ」
「え? そんなはずはない。コンセ
ルジュのセザラに手配してもらったんだけど」
「今日のコンセルジュのサービスは終わりました。明日は9時からの予定です」
「明日10時にはチェックアウトするんだよ」
「間に合うかもしれませんね」
そんなばかな!

覚悟を決めて29日深夜、原稿を書いていると電話が鳴った。
「モリサン!」
セザラの声だ。
「チケットを受け取るときにクレジットカードが必要だったのです。だからお帰りになるのを待ってました。今1階にいます」
急いでロビーに行く。セザラと若いチケット業者が待っていた。
セザラは勤務時間外というのに、まだホテルの制服を着ていた。
「これがタイ航空のチケットです。試合はいかがでしたか?」
セザラは満面の笑みで迎えてくれた。
ジャカルタ最後の夜にふさわしい、すてきな笑顔だった。

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