日本人の決定力不足
今日はハノイ(ベトナム)からバンコク(タイ)、クアラルンプール(マレーシア)、ジャカルタ(インドネシア)と飛ぶ。一人4カ国共同開催状態だ。まずはバンコクにやってきた。ここまでは知った顔も多く、順調順調。ここからが大変だ。航空会社を変えるので、一度タイに入国して荷物を受け取り、再度出国することになった。
さて、このエアーアジアは、カラーリングがかっこいい航空会社だ。格安エアーということで他社便振り替えがな かったり、飛ばなかったときに代替交通手段の提供がなかったり、飲み物の無料提供がなかったり、ほぼ他の格安エアーと条件は変わらない。
窓口で「20時にクアラルンプールに到着して21時25分の便でジャカルタに飛ぶ」と言うと、係員が「それかなり厳しいよ」と言う。
「エアーアジアのチケットオフィスにメールで乗り継ぎが大丈夫ならこの便に乗りたいと聞いたけど」
「その係は大丈夫かどうか分かってないかも」
窓口の係はそんな不安にさせるようなことを言ってきた。
「じゃあ、こっちからクアラルンプール の係員にこんな人が行くからよろしくってメール出しとくよ」
普通の航空会社ならこれで大丈夫なのだろうけど、どうも不安が収まらない。
そう言っても、乗りかかった飛行機、降りるわけにはいかない。
チェックインすると、荷物の重量オーバーだと言われた。タイ航空では指摘されなかったので、かなり厳密のようだ。制限重量は他の航空会社の20キロに対してエアーアジアは15キロ。27キロということで12キロオーバー、60ドル支払う。この超過料金を払っても、まだ他より安いので仕方がない。
ところで、チェックインしてもらったチケットには座席番号がなかった。シーケンス番号として一連の番号だけがふってある。セキュリティゲートをくぐって搭乗口に行くと、そのシーケンス番号を確認していた。チェックインの窓口で何番まで受け付けたか搭乗口の係員に伝えられており、ゲート前に(少なくとも人数は)全員いるかどうか調べるためのものだった。
座席番号はどうなるのだろう、というのはすぐ分かった。
予定時刻より10分遅れて窓口が開く。
「ではチェックインカウンターをオープンします」
アナウンスが流れるやいなや、みんなダッシュで窓口に並ぶ。
しかも割り込みオッケー、ごり押し上等。つまり早い者勝ちだ。
サッカーで鍛えた肉弾戦ならお手のもの、と意気込んでみたが、こちらの女性のパワーには全然ついていけない。激しいボディコンタクトについつい順番を譲ってしまう。そのうち老人まで割り込んできた。いつもなら先に通すけど、いいかげん腹も立っていて、阻止しようかと試みる。だけど、その老人の頬のホクロから10センチ以上ある毛が5、6本生えているのが目に入ってしまって、思わず先に通してしまった。だってカンフーの達人って感じじゃないですか。
タラップを使って乗り込む。機体が傷だらけだ。小さい、機体には傷が無数についている。なぜか分からないくらいエンジン音がうるさい。入ってみて騒音の理由は分かった。寒すぎるくらいの温度設定なのだ。なのに毛布は積んでない。みんな肩をすくませ、体をさすりながら乗っている。温かいカップヌードルが売られているわけが分かった。
座席は一部革張りだ。ゆったりしている。だけど、席にモニターなんかない。機内誌なんかない。機内サービスは一切なし、飲み物もすべて有料だ。キャビンアテンダントは最初に姿を見せた後、最高の笑みを浮かべながらコー ヒーを売りに来て、またどこかに消えた。バンコクから飛んだとき日本人乗客は一人だけだった。
飛行機はだんだん高度を下げてきた。窓の外を見るといつの間にやら暗くなっている。ガガガッと急ブレーキをかけて止まったのが19時15分。予定より45分も早い。というか、 3時間のフライトの予定で45分もずれるのかよ、と思ったけれど乗り継ぎにはラッキーだった。タラップを降りるとそのまま滑走路の横を徒歩で入国審査のためにダッシュする。おばちゃんパワーにもカンフーパワーにも今度は勝った。
すんなり通ってアジアエアーを目指す。同じ航空会社なのに、一度入国しないと出国できないのだが、さすがマレーシアの会社だけあっ て、ここはスムーズだった。ふと見るとマクドナルドがある。
おっとみたことのないメニューが。これはトライしてみるべきか。
ケースはスゴクおいしそうだ。
開けたら別の物体が出てきた。
味の程はと言うと、日本での発売にはもう一歩工夫が必要かな。
まだ時間があるとぶらぶらしていて免税店に入る。壁に掛かっている時計を見ると、もう出発まで残り15分だ。チケットには残り10分で窓口は締め切ると書いてある。だけど自分の時計ではまだ出発まで1時間もあるのだ。
そう言えば今回の開催国でマレーシアだけ時間帯が違う。だからクアラルンプールからジャカルタの行きのフライト時間が1時間なのに帰りは3時間になるか。慌ててバスの出発口にダッシュする。間に合った。というか、まだゲートが開いてもいない。結局、出発時間を過ぎてバスが動き出し、ジャカルタの到着時間に近い頃に飛行機は飛び立った。乗客の中の日本人はここでも一人。ゆっくり一番後ろの席に座る。
飛行機の中で、マレーシア人の頑固一徹な父という雰囲気の人が話しかけてきた。
「この大会ではマレーシアだけが全然ダメだった。なぜか分かるかい。マレーシアではサッカーが政治の道具にも使われてきたからだ。いいプレーヤーがいてもダメになってきたんだ」
悲しそうにつぶやいた。
「決勝はイラクとサウジアラビアだったな。オレはサウジを応援するよ。イラクはアメリカにやられたけど、そう
なる理由があったからさ。政治とスポーツは違うって? そうだった、そうだった。こりゃ一本やられたね。じゃあ3位決定戦ではちゃんと日本を応援するからよ」
しばらく話をしたら、有料のドリンクを売っていたキャビンアテンダントたちが座ってきた。お仕事終わりなのだろう。みんなできゃっきゃっと話ながら飴を口に入れている。
「キャンデーいる?」
彼女たちの飴の入った一人が缶を差し出してきた。
「ありがとう」
一つもらう。
「今日はどこのホテル?」
「ああ、ジャカルタの◎●ホテル」
「えぇ~、あたしたちのホテルのすぐ近くだよ」
ここで4人のアテンダントが口々に話し出した。
「もう食事した?」
「今日の夜一緒に食事しようよ」
「あたしたちのホテルは××ホテルだから、そこにおいでよ」
「じゃあ1時に集合して、そっから飲みに行こうよ」
「案内したげるよ」
おおお、ついに運が向いてきたか。なんかいいぞ、エアーアジア。
ところが、ここで急に気分が悪くなった。
しまった、マックで飲んだダイエットコークに氷が入っていた。
あれに当たったようだ。すごく吐き気がする。
彼女たちに
「いいねぇ、行っちゃうよ、ホントに」
なんて軽口を叩きながら、汗が出てきた。
しばらくごまかしながら話す。でもダメだ。
トイレに駆け込む。G到来。しかも下呂る。
一息ついたときに席に彼女たちの姿はなく、立ち上がって着陸の準備をしていた。
降りるときに「待ってるよ」と言われる。
にっこり笑顔で返す。だけどきっと無理だろう。
こんなときに決定力不足を露呈してしまうなんて……。