記者席に潜む危険

鈴木のオウンゴールでベトナムが先制する衝撃的な幕開けになる。だが、すかさず巻が同点弾をたたき込むと、その後、遠藤、中村俊、再び巻と4-1で圧勝した。またUAEが終了直前に決勝点を決め2-1とカタールを突き放したため、ベトナムの2位が決まった。
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試合直前、目の前の席で「ガタン」という大きな音がした。見ると絹見さんの使っていた机が真っ二つ。ふ、不吉な。
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とまあ予感はあった。この試合の結果次第ではベトナムも決勝トーナメント進出できるのだ。だからいつもより1時間早めにホテルを出てスタジアム入りした。

いつもはメディアバスも下に鏡を突っ込み、記者の荷物も全部レントゲンでチェックするくせに今日は素通りだ。係員は上気していてすっかり試合に気を奪われているようだ。メディアバスが到着してもプレスルームのチケットセンターにまだ誰もいない。いつもは飲み物として水とコーラが用意されているが、今日は水がなくてすべてコーラ。しかも冷えてない。あっぷあっぷというか、おたおたというか、かなりスタッフがテンパっているのが分かる。

早めに席も確保した。案の定、胸に「セキュリティ」と書いた人物が自分の友だちを3人、プレス席に入れている。その前にはボランティアの面々が座ってピッチを眺めている。

不思議なことにスタンドは埋まらない。キックオフの時間が早過ぎて来られないようだ。それなのに記者席にはADカードを持たない人物が押し寄せている。軍人もやってきて、どっしりと腰を下ろして観戦態勢だ。目の前で普通の観客がロープをくぐっても何も言わない。いきなり横に座って「鞄をどけろ」と言ってきた人物がいた。白いシャツに浅黒い肌、度胸がかなりありそうだ。

両チームの選手が入場してくる。すると記者席にいた、お揃いの赤いシャツを着たボランティアが一斉に大声を出し始める。
「ヴィェト・ナ~ム!」
屋根に反射してすごい音量だ。

日本人の若いプレスが赤い服を着ている。今日はベトナム寄りって意味になるぞ。でも本人は気づいていない。

6分、ベトナムがオウンゴールで先制した。記者席と観客席を仕切る、細いロープに赤い人たちの波が押し寄せてくる。記者席に設置されているモニターでリプレイを見たいのだ。細いロープは簡単に突破される。
「ヴィェト・ナ~ム!」
耳元で大声。となりの「鞄をどけろ」と座ってきた男だ。失点して機嫌も悪かったので怒る。
「ここは記者席だから、叫びたいならあっちへ行け!」
白シャツの男はすぐに
「ソーリー、ソーリー」
と黙った。
でもずっと黙っていられるわけがない。彼は叫びたくなるとロープサイドに、リプレイが見たくなると机にと往復し始めた。

やっと巻のゴールで日本が同点に追いつく。ちょっと意気消沈する周りの人たち。遠藤のFKが決まるとかなりがっかりした感じになった。

ハーフタイムになると、白シャツもさすがに居心地が悪いと思ったのか、タバコを勧めてきた。吸わないよって。しかも、ここは禁煙だよって。一応笑顔を見せておく。リードしている者の強みだ。

61分、UAEが同点に追いついたという場内アナウンスが流れた。観客は一気に爆発ムードだ。わっしょいわっしょい。ドンどこドンどこ。だだだだだだだ。
「ヴィェト・ナ~ム! ヴィェト・ナ~ム!」
紛らわしいホイッスルを鳴らす人物までいる。

タイムアップから10分程度経った時点で、ベトナムが2位になったという知らせが入った。このとき、スタジアムはとろとろに溶けた。声になってない。肩を抱き合っている。みんな誇らしげだ。スタジアムの外では凧に火の着いたロウソクをくくり付け飛ばす者までいた。もちろん燃えている。

ホテルに帰ると、カタールのテレビ局クルーは意気消沈。まさかの最下位にカタール人は居場所をなくしさまよっていた。その姿は2006年の日本のファンに重なるものだった。彼らはバーの片隅で小さくなってジュースを飲んでいた。こんなときも、ちゃんと戒律は守っているのはすごいことだった。

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