巻選手について正直に

巻選手の件ついて、また何通かメールをいただきました。すごく久しぶりにメールをいただいた方もいて、ちょっとうれしかったりしています。Mさん、お元気でしたか。まさかゴール裏にいらっしゃったとは存じませんでした。そしてGさんのご質問に答えたいと思います。

巻選手と最初に会ったときの印象は、正直に言うと決していいものではありませんでした。 試合後は追いすがる報道陣を無視してバスまで行ってしまうし、特定の人としか話さないという感じがして、あまり近寄りたくはない選手でした。もっともワールドカップ前はなかなか話す機会もなく、対戦した選手からは巻選手に試合中にののしられたという話を聞いていたり、その他もろもろあり、先入観ができあがっていたのは間違いありません。さらに評判は広まっていて、巻選手は気難しいというのが一般的な認識になっていたと思います。

巻選手とほとんど話を聞くこともせず、近くを通っても挨拶程度しかしていなかった2007年、アジアカップを控えた6月の日本代表合宿の時に、突然、巻選手が僕の近くで話をし始めました。どうやら知り合いの記者に熱心に何か語っています。 
「僕はマスコミには何もわかってもらえないと思っていました。ですが結婚して、奥さんからそれではいけないと諭され、考え方を変えました」
そんな趣旨だったと思います。思わず耳を傾けてしまったのは、必要以上の声の大きさだと思ったからかもしれません。顔を巻選手のほうに向けると、巻選手はその記者に話しつつ、周囲もちゃんと見ていました。もしかすると他の記者にも聞いて欲しかったのかもしれません。僕とも目が合いましたが、僕は何も話しかけませんでした。言葉一つで信じられないくらい、それまでの印象をぬぐえなかったのです。

アジアカップが始まっても、巻選手にはそんなに多くの記者が群がりませんでした。ですが、こちらが挨拶をすると応えてくれるようにはなっていました。ワールドカップの前後は顔を向けようともしなかったのに、ちゃんと目を見てくれるようになりました。

 巻選手はハノイの練習場に来ているサポーターたちに、ちゃんと対応し続けていました。それは彼がメディアに対して心を閉ざしているときもずっと続けていたことだと千葉のサポーターの人から聞きました。そこでハノイ入りしてから1週間後、巻選手に質問をぶつけてみました。ちょっと答えにくい内容だったと思います。ですが巻選手は流れ落ちる汗を拭きながら、こちらがわかるまでちゃんと言葉をつなげてくれました。

当時の巻選手の感情の起伏がずっと安定していたかどうかはわかりません。アジアカップが終わって千葉での試合の時、彼はマスコミを避けるように足早にバスに向かって歩くこともありました。ですが、声をかけて止められるとしっかり立ち止まり、質問に答えてくれるようになっていました。

2007年9月、3大陸トーナメントでオーストリーに遠征した日本代表の中に巻選手の姿もありました。スイス戦を前に、トレーニングで巻選手は鋭いシュートを連発しており、十分期待できそうでした。そこで試合前日、質問しに行ったのですがなぜか巻選手に話を聞いているのは僕だけでした。
「あまり期待されていないですね」
巻選手はちょっと寂しそうでした。
——仕方がないよ。まだ話さなかったときのことをみんな覚えているから、話をしないんじゃないかと思っているんだよ。もうちょっと時間がかかるさ。
「そうですね」と巻選手は言うと、すぐ気を取り直して自分でも調子のよさがわかっているし、試合に出たら何かやれそうだ、と語ってくれました。 

スイス戦、巻選手のゴールもあり、日本はスイスを下して3大陸トーナメントの優勝チームになりました。オシム監督も記者会見にほろ酔い姿で現れるくらい喜びを爆発させていました。巻選手が記者たちのいるミックスゾーンに出てきます。ゴールの話を聞こうとみんな近寄ります。巻選手はニコニコしながら感触などを話していました。ちょっと前なら、そんなときでもパッと姿を消したかもしれません。ですが、ずっと最後まで質問に答えていました。

その歓喜から2年と約2カ月。寒さが増した等々力で、巻選手は涙をぬぐいつつ記者たちの質問に答え続けました。本当なら一番その場を離れたいだろう状況なのに、巻選手は答えにくい話にも誠実に応対し、みんなの質問がなくなるまでじっと待ちました。

巻選手が競技場を出る直前に、二人で一言だけ話ができました。
 ——日本代表は?

「もちろんまだ諦めていません。でも、僕は今年リーグ戦でまだ5得点ですし、こういう形でチームを残留に導けなかったし、自分の力もまだまだですし、でもまだ成長できると思っているので、もう一段、もう一回り大きくなって帰ってきます」
彼の目はまだ濡れていたけど、瞳の光は変わらず輝いていたと思います。

ごめんGさん、長くなりすぎた。 

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