佐山一郎氏「夢想するサッカー狂の書斎」批評
2013年9月26日 初版。
夢想するサッカー狂の書斎 [ 佐山一郎 ] 本体1900円(税別)
佐山一郎さんの新刊です。「久々のサッカー本」とご本人がおっしゃる304ページのこの書籍は、過去11年・全153冊のサッカー本の書評集となっています。
先日、ある本の編集作業が終わったばかりで、じっくりと読ませていただきました。実は、何かの書籍に関わっている間、僕は意図的に他の人の書籍を読まないようにしています。試合評も、事実確認のためにビデオを見返すときは音声を消して、他の人からの影響を極力避けるようにしています。なので、久々に読書した~という充実感を味わうことができました。いや、きっとこの時期でなくても、読書後にすごい充実感を味わえたと思います。とにかく中身が濃い。
中学時代、寮生活を送っていた僕は週末、実家に帰る際に乗り換えの駅で途中下車するのが習慣になっていました。 待ち時間の30分でぱっと駅前の本屋に行って文庫本を眺めます。タイトルだけ見ていても面白そうだと心躍って、でもなかなか手が出なくて、結局は出発時間が近くなり慌てて戻っていたのですが、ある日、本屋に入るなり、そんな僕のことを覚えていてくれたのだろう店員さんが手招きして1冊の本を渡してくれました。
電話帳の厚みの半分ぐらいという重量級の本のタイトルは「文庫本目録」。前年度版だったので、いらなくなったからくれたのでしょう。
その日から、その目録が愛読書でした。どの文庫の紹介文を読んでも「この本を読めば人生が変わる!」と純情な中学生に思わせる「チラ見」や「いいとこ取り」が並んでいて、そうすると本屋さんの棚が光り輝く宝石箱に変わっていきました。
で、中学時代は乱読していたのですが、高校になるとふと気付きました。紹介文にだまされてはいけない。今だったらインターネットで検索して調べるのでしょうが、当時はそんな手段がなくて、もう疑心暗鬼。一気に読書のペースは落ちました。
ただ、幸いだったのは、当時はサッカー関連の本が少なくて、出る書籍を全部買ってもお小遣いがなくなることはありませんでした。ところが今は。作っている僕が言うな、というくらいたくさん出ていますから。
昔、もう1つ良かったのは、サッカーの本が少なかった分、サッカーに関係すればそのとき興味がない分野でも買って読んでおいたこと。 おかげで変な本も買ってしまいましたけど(サッカー関連の語学の本とか)、視野を多少は広げることができたと思います。
昔に比べると本が高くなってしまったので、今自分が学生だったら自分の好きなジャンルやチームの本しか買わなかったでしょうね。 そんなとき、この佐山さんの「夢想するサッカー狂の書斎」があれば、安心していつもなら見逃してしまう本を買えたのではないかと思います。美辞麗句ではない書評が並んでいるので、これなら安心して手に取れたでしょう。佐山さんだからこそ、ここまで書けるという内容で、単に欠点を指摘するだけでなく、書き手の未来への道も書かれているのが特長です。
僕がこの本を読んで、注文したくなったのは「アナキストサッカーマニュアル」。アナキズムが「革命からの逆算的構想」を必要とするものなのか、あるいは僕の感覚では今の時代に蔓延しているニヒリズムの変化した形なのか、ということを考えながら読んでみたいと思います。
……と書きながら、「夢想するサッカー狂の書斎」を読んで心配になったのは、ここで紹介された153冊のうち、どれくらいが今手に入るのだろうかということです。取り上げられている本でも絶版になっている書籍もありますし、もし在庫があったとしてもどこで手に入るものやら。近くの本屋さんでもスポーツコーナーはずいぶん縮小されました。店頭で見かけるサッカー本はごく限られています。だからと言って、インターネットで注文すると町の本屋さんは益々苦しくなっていくばかり……。本を取り巻く環境は日に日に厳しくなっているのを実感しています。
そんな状況だからこそ、佐山さんがこの本の中で指摘している、本の作りが起きてしまうのかもしれません。そしてそんな本へのアンチテーゼにするため、というか、本当はこっちがテーゼなのでしょうが、本の帯の作りや、装丁者の紹介や、内容についても、細やかな気配りがちりばめられています。また、書評は対象の本を大切に読み込んだ後でないとかけないから、同じ量の文章を書くにしても手間は倍かかります。その意味でも、この本は労作の結晶と言えるでしょう。
大変僭越なのを承知で書かせていただければ、それぞれの本に出版された年が書いてあると、書評の中に出てくる役職などが変わっている場合に戸惑いは少なくなるのではないかと思います。
(今年のサッカー関連書籍のマストバイの一つ。とりあえずこの本を買っておけば、あとで後悔しない本選びができます。作りの丁寧さも「本って昔はこうだったよなぁ」と思い出させてくれるはず。ひらがなの「え」が他のフォントに比べると級数が小さく見えるのは——僕だけかもしれません)