川崎Fvs大宮

 残り3分で川崎Fが逆転ゴールを決め大宮を下した。終わってみれば勝敗を決めた原因は両チームに存在するという、因果関係のはっきりした試合だった。もっとも残り3分までは、誰も神様が等々力にドラマをセットアップしていたなどとは思わない展開でもあった。

 川崎Fが警戒していたのは大宮DFマトにクロスをはじき返されることと、奪ったボールをすぐに逆サイドの深い位置に蹴り込まれ起点を作られることだった。試合前々日のトレーニングで川崎Fの関塚監督は繰り返し対応策を練習させていた。また試合当日、相手の先発メンバーを見るとラフリッチやデニス・マルケスがサブに控えている。好調石原と藤本でかき回し、最後は外国籍選手を投入して押し込んでくるに違いない??。

 川崎Fにとって大宮は昨季、シーズン終盤で敗戦して優勝から一歩後退させられた相手である。また通算成績こそ、この対戦の前までで13勝4分11敗と勝ち越しているものの、過去2年間勝利を収めたことがない。苦手意識を持っている相手だった。

 ところが試合が始まると川崎Fの積極性が大宮を圧倒した。8分、ジュニーニョがペナルティエリアを斜めにカットインしシュートを放つ。17分、鄭が一瞬の隙を突いて抜け出すとループシュートを狙った。

 だがこの2つのピンチを凌いだことで大宮も次第に落ち着きを取り戻す。そして川崎Fはパスミスが増え始めバランスが崩れてきた。また、石原のプレーぶりに伊藤と寺田が次第に不安定になっていく。

 31分、大宮のロングフィードに対応しようと伊藤がバックステップを踏んだ。ところが寺田がその前でジャンプしてカットする。弾かれたボールは藤本の前に転がった。伊藤はポジションを修正しようとしたが間に合わない。そのままスルーパスが通り、石原がきれいに川崎Fゴールを割った。

 後半、川崎Fは大宮の一瞬の混乱を見逃さなかった。60分の選手交代後、まだ大宮が落ち着いていないときに伊藤が高い位置まで進出する。そこから中村へパス。中村が斜めにドリブルを始めた前にはジュニーニョが開いてパスコースを作った。大宮のDFがすかさず詰める。だが、ジュニーニョはおとりだった。

 ジュニーニョが動き出した一瞬あと、中村の左斜め前にするすると鄭が走り込んだ。大宮の選手たちは最初に動いたジュニーニョに引きつけられて、鄭に目をつけていなかった。守備ラインが寄せる直前、中村は右足のインサイドで左側の鄭にパスを通す。「普通のパスです」と中村は言うが、顔の向きに大宮の選手はすっかりだまされてしまった。

 この攻撃は、試合前々日に行ったトレーニングどおりだった。マトをいかに外してシュートに結びつけるか。川崎Fは2つのパターンを持っていた。一つはサイドラインからペナルティエリアの前まで斜めにボールを運びながらマトを引き出したり、マトが下がってマーカーが別になったらその隙を狙うパターン。62分の同点ゴールは、そのパターンがぴったりとはまったシーンだった。鄭の動きも関塚監督が実際に動きを説明しながら指導した、そのままの形だった。

 ではもう一つのパターンは何だったか。マトを避けてファーサイドまでクロスを送り、そこから狙う形だった。87分、右サイドで森からのバックパスを受けた井川は、遠いサイドのゴールポスト近くにパスを蹴った。そこに出てきたのは谷口。またしても狙いはぴたり的中し、川崎Fは決勝点を手に入れた。高畠コーチは「井川が本当に狙ったのかわかんないですけどね」と茶化したが、井川に監督の戦術が浸透していたのは間違いない。

「練習どおりの2ゴールでしたね」。関塚監督はその問いに「はい」と満面の笑みで答えた。この試合から始まる7連戦に向けて最高のスタートだったと言えるだろう。

 さらに、この勝利は今季の一つの転機になるかもしれない。

 これまでの個人技を生かした川崎Fの攻撃はこの日の3点目、ジュニーニョの単独突破からのゴールに象徴される。だが残りの2ゴールは選手たちが戦術的な動きをピッチの上で寸分違わず再現した結果だった。もしかすると、川崎Fが個人技とチーム戦術を高度に組み合わせ始めたのはこの大宮戦から、と後々言える可能性もある。もちろん神様がそんなシナリオを用意しているかどうか、今の時点で人間には分からないのだが。

 一方、ここまで好調だった大宮を乱したのは何だったか。それは『思いやり』ではなかったか。

 試合後の会見で張監督は「渡部は2日後にU-20日本代表候補合宿に呼ばれていますし、ここで元気をつけて自信をつけてもらおうとした」と交代の理由を明らかにした。ところが渡部はマークが外れた場面で大きくシュートを外してしまうなど、やや緊張気味の場面も見られた。結局、20分プレーしてラフリッチと交代させられる。この20分間に川崎Fは同点に追いつき、勢いを増してしまったのだ。

 張監督は記者会見で自分の過ちを認めた。「交代の順番を間違いました。先にラフリッチを入れてタメを作ろうと思っていましたが(逆になってしまった)」。

 それでも大宮は再び調子を上げるだろう。張監督が自分の過ちをはっきりと認めたことで、大宮の選手たちは安心したはずである。指揮官は自分の責任を選手に押しつけない、と。苦しいときにこそ監督の力が試される。今季初めての敗戦に、張監督はちゃんと力量を示して見せた。大宮にとっても売るもののある敗戦だったのだ。
 

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