ホテルのドアがいきなり開いて男が三人踏み込んできた
ホテルの部屋のドアがガチャと音を立て解錠され、「バン」と開いた瞬間に「こりゃもうダメだ」と覚悟を決めた。ドバイのバスターミナル近くにあるSホテル、チェックアウトの直前だった。シャワー後で身につけているものはバスタオルだけ。ベッドにバタンと倒れ込んだ、まさにそのときだ。
バーレーンの移動前にオールドスークをうろつき、戻ってシャワーを浴びたらすぐに出発するつもりだった。結局何も買わなかったのでトランクを開けることもなく、ほんの10分で部屋を出るつもりだった。だからカギはかけたものの、ドアチェーンをかけずにいたのだ。外に「起こさないで」という札を下げていたのでそれで十分だと思っていた。
油断していたとしか言いようがなかったし、この時を狙われていたのでは抵抗の方法がなかった。男たちは3人いて、先頭はホテルの従業員の制服を着ていたが、あとは私服だった。彼が先導したのは間違いない。逃げようにも出口は塞がれ、隠れようにも狭い室内にそんな場所はなかった。唯一、立てこもることができるバスルームから出てきたとき、踏み込まれたのである。腰にバスタオルを巻いただけという恥ずかしい格好であることも抵抗しようという気力を奪っていた。
「×○?△◎●□◇■!」
男が何か言う。全然わからない。単語一つも理解できなかった。わかったのは、こんなときってものすごく頭が働くと言うことだ。間違って入ってきたのだろうか。それなら誰かいたらすぐ出て行くだろう。何かの修理か。何かが入っていそうなバッグは持っているけど、男たちの服に汚れはない。こんな格好で作業するだろうか。連れ去られるのだ、と思った。チェックアウトの日だったし、先に料金は払ってある。ルームバーもないし、ホテル側はさっさといなくなったと思うだろう。誘拐犯はうまくすれば数日、移動する時間を稼げる。
「ドバイでさらわれるとは思わなかったな。長期戦になるだろうから、のんびり構えよう。せめてパンツぐらいはかせてくれるように頼んでみよう」
それだけ思ったとき、男はまた聞いてきた。
「×○?△◎●□◇■!」。
「わっかんねぇし」
つい口を突いて出てきたのは日本語だった。
男たちは目配せをした。そして3人はなぜか急に部屋から飛び出していった。僕は慌ててドアに駆け寄ると、カギとチェーンをかけた。
素早く着替えてドアの外を覗き、誰もいないのを確認してエレベーターに飛び乗る。フロントにいつも話しかけていた従業員を見かけて、やっと少しだけ落ち着けた。
「今、急に誰か部屋のカギを開けて入ってきたのだけど」
彼にそう言っても、不思議そうな顔をするだけだった。
「きっと清掃係でしょう」
「いや、3人もいたし、いつもと違う格好の2人と一緒だった」
「そんなことはないと思いますよ」
「ということは、清掃係じゃないということだろう?」
言い合ってはみるものの、そんなことを確認しているより、ともかく早くホテルを離れたかった。「追加の料金はありません」という別の係の声を聞いて、すぐに表に飛び出す。幸い、この日はすぐにタクシーが寄ってきた。
空港についたら知り合いのカメラマンもチェックインの最中だった。
「ホテルの部屋にいたとき、知らない男たちがいきなり入ってきたよ」
「へぇ~、そうですか」
声に驚きがない。ちょっと頭に来たけど、そりゃそうだろう。日常と非日常がそんな身近なところで接しているというのは、経験しないとわからないことだから。僕はその日、ゲートの側を離れず飛行機に乗り込み、そそくさとバーレーンに向かった。飛行機が飛び立つまで、背中がぞくぞくしていることに気付いていなかった。